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スターリングラード

1943年2月2日、65年前の今日、スターリングラード攻防戦が終わりを迎えました。

ドイツ軍によるスターリングラードの包囲は5カ月間も続きました。その期間の戦闘で、ドイツ軍の戦死者は約30万人に、ソ連軍の戦死者は約50万人にものぼりました。また、約20万人もの市民が死亡したと言われます。あきれ返るほどの数字です。

僕は2006年の夏、広島市の団体の通訳で、スターリングラード(現在はヴォルゴグラードです)を訪れることがありました。いつまでも記憶に残る数日間でした。理由はいくつかありますが、3つだけ述べましょう。「人の優しさ」、「街の懐かしさ」、「歴史の恐ろしさ」という3つの理由です。

「人の優しさ」といえば、説明は必要ないでしょう。数日間だけの滞在で一生続く友情関係ができたとだけ言えば、十分でしょう。

初めて訪れる街に「街の懐かしさ」を感じたと言えば、おかしいでしょう。説明しましょう。僕は1990年、1991年、モスクワとサンクト・ペテルブルグ(その当時はレニングラードでしたが)を訪れることがありました。その当時のモスクワもレニングラードも、ロシアの「味」がはっきりした都市でした。その「味」は結構気に入りました。しかし、現在のモスクワでは、ここ数年の発展のせいで、僕が好んでいたロシアの味がほとんどしなくなりました。(サンクト・ペテルブルグもそうではないかと思います。)でもヴォルゴグラードは、当時高校生だった僕を魅した1990年・1991年のロシアを思い出させてくれました。例えば、街を走るトローリーバスや、道端でクワスを売っている人々などのありふれたことを久々に出会えるのが本当に嬉しいことでした。

でも、「人の優しさ」や「街の懐かしさ」よりも、何よりも、ヴォルゴグラードでの滞在が記憶に残るのは、「歴史の恐ろしさ」を実感させられたからです。もちろん、「歴史」といえば、スターリングラード攻防戦の歴史のことです。ヴォルゴグラードでの滞在が短期間のものではありましたが、その攻防戦の悲惨を少し知ること、分かることができたのです。

(まぁ、「分かる」と言っても、本当に分かることはもちろん無理ですが。戦争を経験したことの無い僕の「分かる」とは、「想像する」に過ぎないのですね。)

とにかく、スターリングラード攻防戦を語る資料館を訪れるときの気持ちは、広島の原爆資料館を初めて訪れたときと同じようなものでした。その気持ちとは、戦慄と悲しみでした。

また、広島の原爆資料館と同じように、スターリングラードの資料館に一度訪れたことだけでは、悲惨の全てをちゃんと心に留めることができないと思います。遅かれ早かれ、深く印象に残ったヴォルゴグラードにまた行きたいのです。再び資料館に足を運び、65年前の悲惨を無言で物語る展示物をゆっくり、じっくり、見詰めたいのです。戦慄と悲しみを感じながら、少しでも「想像」から「分かる」に変わりたいのです。

はるばるヴォルゴグラードを再び訪れる日はいつか分かりませんが、いつかきっとあると思います。ママエフの丘に建つ母なる祖国像の手前にある池に硬貨を投げ入れると、いつの日かヴォルゴグラードに戻れると言われています。僕はこの言い習わしを信じて、ヴォルゴグラードに戻れる日を楽しみにしています。

Rodina Mat' Zovyot! (Mother Motherland Is Calling)
ママエフの丘に建つ母なる祖国像

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