21:嬉しい悩み事
18/03/08 13:14 Filed in: 落ちこぼれからの復旧
海外に行く前には、一円でも多く貯金ができるようにケチケチ生活をし、カナダに行ってから更に極貧生活を続けた私だったが、英会話学校へ勤めるようになってからは、少し気持ちを切り替えた。
お給料は好きなように遣って、余った分を英会話学校の開業資金にしようと思った。何年かかったとしても、もうケチケチ生活にはうんざりだった。
ということで、仕事をして、同僚と食事をしたり、休日は遊んだりと、初めて人並みの社会人生活を平穏に続けた。
子どもクラスの教え方には進歩はなかったものの、その他は何の悩みも不安もなく、毎日を送っていた。
そのような時に限り、夢のような話が私に舞い降りてきた。
以前は転職したい、学校に行きたい、どれもこれも行き詰まり、苦しみながら前に進めない日々だった。
そして、亀のようにノロノロと一応は前に向かって歩き出し、あと数年で(あのペースだと10年は軽くかかっていただろう)自分の英会話学校への扉が開かれようかと思われた時、その電話はかかってきた。
それは広島の自動車部品メーカーの人事部長からだった。
要約すると、その会社のカナダの工場で通訳が必要なのでどうか?というお誘いだった。
何故そのような話を頂いたかというと、カナダの剣道友達のJanetがその工場がある町に住んでいた。
そこに遊びに行った時に日本から出向していた方の息子さんが道場に通っていて、一緒に剣道をして知り合いになった。
その後、前任者が辞めるので私の名前をだしてくださったのだった。
私にとっては、もったいないような話だった。ただ、その時は落ち着いて仕事ができていたし、入社して7ヶ月で辞めるのはとても気が引けた。悩みまくっていたら、Hilaryが丁度その時来日していて、またもや私の背中を押してくれた。
一通り私の気持ちを確認する為、質疑応答を繰り返した後、彼女は言ってくれた。
やらずに後悔するよりも、万が一ダメでもやって後悔した方がいい。
やってみないと一生、どうだったのかな?あの時あの道を選んでいたら?と後悔するだろう。
その瞬間私の気持ちは決まった。
お給料は好きなように遣って、余った分を英会話学校の開業資金にしようと思った。何年かかったとしても、もうケチケチ生活にはうんざりだった。
ということで、仕事をして、同僚と食事をしたり、休日は遊んだりと、初めて人並みの社会人生活を平穏に続けた。
子どもクラスの教え方には進歩はなかったものの、その他は何の悩みも不安もなく、毎日を送っていた。
そのような時に限り、夢のような話が私に舞い降りてきた。
以前は転職したい、学校に行きたい、どれもこれも行き詰まり、苦しみながら前に進めない日々だった。
そして、亀のようにノロノロと一応は前に向かって歩き出し、あと数年で(あのペースだと10年は軽くかかっていただろう)自分の英会話学校への扉が開かれようかと思われた時、その電話はかかってきた。
それは広島の自動車部品メーカーの人事部長からだった。
要約すると、その会社のカナダの工場で通訳が必要なのでどうか?というお誘いだった。
何故そのような話を頂いたかというと、カナダの剣道友達のJanetがその工場がある町に住んでいた。
そこに遊びに行った時に日本から出向していた方の息子さんが道場に通っていて、一緒に剣道をして知り合いになった。
その後、前任者が辞めるので私の名前をだしてくださったのだった。
私にとっては、もったいないような話だった。ただ、その時は落ち着いて仕事ができていたし、入社して7ヶ月で辞めるのはとても気が引けた。悩みまくっていたら、Hilaryが丁度その時来日していて、またもや私の背中を押してくれた。
一通り私の気持ちを確認する為、質疑応答を繰り返した後、彼女は言ってくれた。
やらずに後悔するよりも、万が一ダメでもやって後悔した方がいい。
やってみないと一生、どうだったのかな?あの時あの道を選んでいたら?と後悔するだろう。
その瞬間私の気持ちは決まった。
